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都心の秋(小石川後楽園) [巷のいのち]

都心の秋(小石川後楽園)

 

 1215日は師走の中日、この日は夕方の学童パトロールが非番のため、どうしようか迷った挙句、また性懲りもなく秋の名残に触れようと、都心の「小石川後楽園」に向かった。白塗りの土塀沿いに進むと、庭園の中から真っ黄色に着飾った銀杏の木が秋空を背にそそり立っていた。フランク永井が歌う「公園の手品師」だった。

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 門を潜ると、常緑の葉の下、地にも届けとばかりたわわに連なる赤い実は、正月の縁起物の万両。ここは江戸の初期、水戸藩主・水戸光圀の世に造られた水戸藩中屋敷跡。東京のど真ん中に位置するため、今じゃ樹々の梢の上には高層ビルが顔を出し、中でも目立つのはすぐ隣に聳える地上43階の東京ドームホテル。

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 ぶらぶら歩くうち、人の背よりも低い灌木の黄葉に出遭った。先日王子の名主の滝で見掛け公園事務所に訊いて教えられた、あの黄葉に似ている。最後に門を出る時窓口で、素知らぬ顔を装ってスマホの写真を示し、これ何の木?と尋ねると、窓口の女性はスマホを手に取って奥に消えたが、暫くして戻って曰く、(いぬ)枇杷(びわ)ですと。てな次第で覚えたての知識に裏付けを得たが、さてまた来る秋があるとして、それまでこの名が記憶に留まるかは神のみぞ知る。ただ、最初の「犬」だけは多分思い出せそうだ。何故って、春に道端に咲く瑠璃色の花が「大のフグリ」と聞いて驚いたことがあるからだ。それは、草花の名に付く「犬」がドッグに非ず、似て非なるものだということを、初めて知ったときだった。

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 最後の写真にある橙色の実は、梔子(くちなし)の実である。実は、今は亡き渡哲也が「くちなしの花」を歌った頃は、それがどんな花なのか知らなんだ。初めて見た「くちなしの白い花」は、失職しコロナが蔓延り始めた3年前の春、そしてその実を見たのはその年の秋だった。

 昨日、このクチナシの実の写真を何気なく商社時代のライン仲間に送ったら、退職後に樹木医に化けた同期の男から、「将棋盤・碁盤の脚ぞ」とのコメントが寄せられた。まさか?と思って調べたら、本当だった。脚の材に梔子が使われているということではない。脚の形が、熟れても割れない梔子の実に似ているからだった。おまけに碁・将棋の世界は指し手同士の真剣勝負、脇から口を挟むな(口出し無し)という戒めをも兼ねている。喜寿を超えた今、何の得かは知らねども、また一つ賢くなった。持つべきものは、やはり友?

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202212月19日)


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幻の年賀状 [忘れ得ぬ人々]

幻の年賀状

 

 師走も半ばを過ぎて、そろそろ年賀状の準備をしようとパソコンの年賀状ソフトを開くと、昨年準備した文案が残っていて、その一つに目が釘付けになった。それは母に宛て書き始めた年賀状の裏面だった。この直後、母が郵便の届かぬ世界へ旅立ったため、印刷されぬままパソコンの奥に眠っていた幻の年賀状。そして今日は母逝ってちょうど一年目の命日。先月13日の一周忌には、ふる里の村を見下ろす山裾の母の墓に初めて参った。あの時スマホに収めた彼岸の名前を改めて見てみる—「福壽妙斐大姉」。この一年、みんな何とか頑張ったよ。母ちゃん、父ちゃんと弟達のそばで安らかに眠れ。

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20221218日)


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