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ふるなじみ(その1) [読後感想文]

ふるなじみ(その1)

 

 この小説ПРЕСТУПЛЕНИЕ И НАКАЗАНИЕ(ドストエフスキー『罪と罰』)を買ったのは、今を去る60年ほど前、まだ二十歳の頃、場所はモスクワ。海外旅行など一般には及びもつかない時に、新劇俳優から成るモスクワ芸術視察団の一行に紛れ込んだ貧乏学生が僕だった。実は、本来視察団に加わるはずだったジャーナリストの叔父が俄かに行けなくなったため、ロシア語を学ぶ学生というだけの理由で甥の自分にお鉢が回って来たのだ。旅費は、ド田舎の特定郵便局員だった父がなけなしの山林の木を売って工面した。その頃モスクワへの直行便は無く、横浜から船で23日掛けてナホトカに渡り、夜汽車でハバロフスクに着いた翌日モスクワ行きの飛行機に乗った。

 そんな旅の中で買い、長い旅路を共にした本なのに、あれから半世紀以上この本は存在を忘れられた。いや、日本に着いて間もない頃に読み始められた跡はある。最初の数頁に辞書を引いた証拠の蛍光ペン跡が何ヶ所も残っているのだ。それもしかし僅か8頁まで、以降はまっさらのまま捲った形跡すら無い。以来、本が日の目を見ることは絶えて無いまま60年が過ぎ、持ち主は半年後には80歳の大台に乗ろうとしている。

 持ち主は、ただ70歳を越えた頃になって電子辞書を買い、電子書籍も買ってロシア語の小説を読み始め、ついには『罪と罰』のキンドル版を手に入れて読み始めた。辞書引き々々ロシア語と格闘しつつ翻訳版で確かめながらの読書は、片足を棺桶に入れそうな年寄りにはきついことこの上ない。だが向こうは60年来の、つうことは女房よりも古くからの宿縁である。残された時間が不明なだけ焦りたい気持ちを抑えつつ、時々相まみえるうち4年が過ぎた。

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2024328日)


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血を追って、早春 [読後感想文]

血を追って、早春

 

 つい先月何気なく読んで、いたく感動したエッセイ『小石川の家』の著者・青木 玉が明治の文豪・幸田露伴の孫で、幸田 文(1990年没)の娘と知り、ふと血筋を遡ってみようと思い、図書館から露伴の『五重塔』と文のエッセイ集『台所のおと みそっかす』を借り出した。

 先ずは祖父の露伴を開いて文字を追う、「木理(もくめ)(うるわ)しき槻胴(けやきどう)、縁にはわざと赤樫(あかがし)を用ひたる岩畳(がんじょう)作りの長火鉢に対ひて話し(がたき)もなく唯一人、・・・」。見知らぬ文字に出遭うたびスマホに問う。槻は欅の古語、岩畳は頑丈・・・それはまあいいのだが、文章の息がやたら長い。書き出しの文章が終止符で止まるのは2頁目。次もその次も文章が1頁には収まらない。んで、ものの数頁で先へ進むのを断念。『五重塔』は、昭和生まれの老人には余りに高過ぎた。

 さて次に差し向ったのは、青木 玉の母・幸田 文だった。祖父から1代下ると、明治生まれでも文章はさすがに歯切れがよく、さしたる抵抗感もなくエッセイ12編を味わった。この人も豊饒な語彙の持ち主なのか、それとも読む側の勉強不足のせいか、度々スマホ先生のお世話になった。例えばそれは、「庖丁の人間の心ゆかせ」、「とどろとどろ」、「寝るぞ根太、頼むぞ垂木」、等々。一族の血は、よほど感性豊かであるらしい。特に事象の分析は細やかで、時には読み手がついて行けない程である。そんな中で出遭った文章の一つ、「佐吉をおもえばあき(注:主人公)の心はひっそりとひそまり、全身に愛の重量と、静寂を感じた」—この辺りが、凡人には何とかついて行けるぎりぎりのところだった。

 この本『台所のおと みそっかす』の最期に『記憶の中の幸田 文』という一文があって、書き手は青木奈緒とあった。えっと思ったら、やっぱり青木 玉(94歳)の娘(60歳)。スマホに訊くと、エッセイストとの答え。露伴からは曽孫に当たる。我知らず、図書館に予約を入れていた。書名は、『うさぎの聞き耳』(青木奈緒)と言う。

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2024321日)


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小石川の家(青木 玉) [読後感想文]

小石川の家(青木 玉)

 

 手元の図書館の本が偶々尽きたので、「小石川の家」に手を出した。買った筈もないのに何故手元にあるかさえ不明な本。今はや昔の4年前に最後の職場を首になり、断捨離のつもりで本棚を捨て、本も大半を捨てた筈が残ってた本。そもそも作者の青木 玉とは誰なんだ?調べてみると、読んだことはないが「五重塔」で有名な明治の文豪・幸田露伴の孫娘。ちゅうことは、これも物書きで名の知れた幸田 (あや)の子供なのか。

暇つぶし半分で読み始めると、舞台は文京区小石川にある露伴邸、そこに住む老いた文豪(祖父)と出戻りの母・文との3人生活を孫娘の視線で描くエッセイだった。威張り腐る祖父にかしずく母、祖父に怒られしょげる自分を慰める母・・・・そんな何気ない日常の展開を読みながら、つい思う。人生傘寿のさなか、他人様の日常をこんな風にただ覗き見て何か意味があるのだろうか?おまけにこんな齢にもなって、初めて目にする漢字の多いこと: 三途の川の奪衣婆(だつえば)耆婆(ぎば)早来迎(はやらいごう)、・・・・。つんのめるように都度立ち止まってスマホに訊くが、スマホなど想像すらしなかった若い頃なら読み飛ばすしかなかっただろう。

戸惑いながらも読み進むうち、敗色が深まる東京空襲下の小石川の出来事にいつしか引き摺り込まれていたから不思議である。我が齢のことなどすっかり忘れて読み耽っていた。(可愛くて堪らなかった筈の孫娘をいつも叱責していた)露伴が肺炎で亡くなったのは終戦後2年目、評釈「芭蕉七部集」を仕上げて4カ月目、79歳のことだった(げつ、今のオイラの齢でも立派な仕事をしたもんだ)。

エッセイはなお心を掴んだまま離さない。大団円はその更に43年後に母・文が逝った時。葬儀を取り仕切るのは、喪主の玉。一部始終が感動的に語られる。その中に町屋の斎場の火葬場の場面が出て来て、玉は語る、「小一時間で母はすっかりこの世の苦行から解き放たれた姿になって、小さな壺を充たし桐の箱に納まって袈裟のような房付きの袋を着て私の手に抱えられ帰途についた」。

読み終えて思った、久し振りに良い文章に出遭った、理屈は言うまい、良いものは、ただ良いのだ、と。

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202439日)


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ちいさな雪だるま [巷のいのち]

ちいさな雪だるま

 

 シルバー人材センターの斡旋で冬の夕方、学童を近所の小学校から自宅付近まで先導するパトロール稼業をはじめて三つ目の冬が過ぎた。過ぎた、と言うのは、先月2月末をもって晩が暗い冬場専用のパトロールの需要が無くなったからである。

この冬のパトロールは格別に辛かった。そう思うのは、去年の、そして一昨年の記憶がほとんど飛んでいるせいかもしれないが、何だか冬の寒さが年々身に応える。今冬は記憶が正しければ雨降りが多く、おまけに風がやたらに強かった。しかし高齢のパトロールがいかに怯もうと、先導される被パトロールの学童は風の子そのもの、篠突く雨に傘さして、強風など物ともせずにワイワイガヤガヤと、謎々やクイズにと忙しい。

この冬、初雪が降った26日の学童のはしゃぎ方こそ凄かった。道々、積もる雪を掴みあげ互いに雪玉を投げ合ってキャーキャー喧しいことこの上も無い。極力介入を控えるパトロールも、時には声を荒げ制止に入らざるを得なかった。ある学童が道すがら拾った雪を掌で固め自宅マンションの玄関口に置いたのに、咄嗟にスマホを向けた。それは、ちいさな小さな雪ダルマだった。

この先パトロールを4月ひと月だけ再開するのは、通学に不慣れな一年生が入ってくるためで、次の冬は10月から。そのときなお健康で且つ、シルバーセンターから肩をたたかれない限り、再び学童たちの先に立って歩きたいと思う今日この頃である。

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202432日)


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真・保守論 國體の神髄とは何か(馬渕睦夫) [読後感想文]

真・保守論 國體の神髄とは何か(馬渕睦夫)

 

 馬渕睦夫のことなど、去年の今頃は未だまったく知らなんだ。半年ほど前、妙な人がいることに気が付いた。世のマスコミとは違ってトランプもと大統領やプーチンを礼賛し、バイデン大統領を操るのは国際金融資本のディープ・ステートだと警告して止まない、陰謀論者と噂される人だった。その人の著作を「ほんまかいな?」と眉に唾付けつつ読んで来たが、数えたら今度のが7冊目。

 そもそもタイトルからして妖しかったのに、中身の異様さに戸惑ったのは読み進めた途中からだった。天孫降臨?君民共治?惟神(かんながら)の道?神仏習合?エタセトラ・・・。おまけにそこかしこで引用される文章が、「國體の本義(1937年)」はともかく、「古事記」、「日本書紀」、「万葉集」等々、難し過ぎてそのままでは意味がどうにも把握できない。悔しいので、なんとか一読は終えたものの、昭和19年戦中生まれの典型的なGHQ世代には過ぎたる本であった。

 それにしても、もと外交官(ウクライナ、イスラエル各大使)、防衛大教授等多くの経歴に富むこの人が陰謀論者にとどまらず、日本の國體と天皇制度を絶賛する、保守本流の人とは意外だった(いや、考えたらそれが自然か)。神国ニッポンの惟神の道を説く本に出合ったのは79歳にして初めてのこと、残された時間が分からぬまま、扉口でただ途方に暮れている。

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202431日)


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