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塞王の楯(今村翔吾) [読後感想文]

塞王の楯(今村翔吾)

 

 2021年下半期第166回直木賞受賞作「塞王の楯」(単行本552頁)を読んだ。苦手な芥川賞には手を出さなくなったが、直木賞にはまだ未練があるのか、受賞作が新聞に発表されると、つい図書館に予約を入れるが、直木賞は人気が高いので予約順位はいつも200300番台あたり。それをひたすら待ち続け、手にするのは大体半年後ぐらい。だがこのところ折角順番が巡って来ても、長編のため途中でギブアップすることが多い。「テスカトリポカ(佐藤 究)」しかり、「黒牢城(米澤穂信)」またしかり。いや、迷うのだ。(よわい)78歳、明日をも知れぬと思うと、今のんびり小説に浸ってよいものか心が千々に乱れる。

 今度の「塞王の楯」も長編。作者の名前(今村翔吾)にどこか見覚えがあると思ったら、はるか昔に貪り読んだ江戸の火消し「羽州ぼろ鳶組」シリーズの著者ではないか。はるか昔に?・・・だが記録を見たら20182019年のことだった。しかも9冊も読んでいた。記憶の経年劣化は恐ろしいほどだ。

 この「塞王の楯」は、しかし読みだすといつの間にか物語の中に嵌まり込み、いつもの焦燥感に悩まされることもないままに読み終えた。普段は夜の読書は避けている(酒が入ると、その間読んだ記憶を失うことが多い)。なのに今回ばかりは、焼酎の湯割りを舐めながら読んだ部分も、しっかり記憶に残っている。

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 時は戦国時代、実際にあった三つの城攻めが舞台である。織田信長軍による朝倉家との一乗寺谷の戦い、本能寺で信長を討った明智光秀軍による日野城(蒲生家)攻め、そして最後は天下分け目の関ヶ原合戦直前の、西軍による大津城(京極家)攻め。主役は、但し武士ではなく、守る側の石垣を積む職人であり、敵役は攻める側に火縄銃・大筒を供給する、これまた職人。この、一見目立たぬ職人同士の攻防が全編を貫く。

 そう言えば、かって読んだ「羽州ぼろ鳶組」も主役は武士ではなく、江戸の火消しであった。普通時代小説と言えば、宮本武蔵だの近藤 勇だのという剣豪が定番なのに、今村翔吾という人はどうも目立たぬ庶民の方が好きなようだ。

 それと、これは個人的な好みのせいかもしれないが、この人の文章には艶がある。例えば終盤近くで描く、「一つだと何の変哲もない石も、寄せ合い、噛み合って強固な石垣になる。人もまた同じではないか。大名から民まで心一つになった大津城、それこそが『塞王の楯』の正体ではないか」。そして、物語を締め括るのは、「匡介は柔らかに石を置いた。わあ、と全太の上げた声を、近江の風が巻き上げてゆく。草木は揺れ、白雲は流れ、水面は波立つ中、石塔はすうと天を仰いで揺るがない。湖西路を此方へと近づいて来る花嫁行列を見つめながら、匡介は明日の聲に耳を欹てた」。

2022121日)


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