秋立ちぬ [巷のいのち]
秋立ちぬ
アパートの木立ちから蝉の声が消えた日、玄関ホールを出たとたん、草地の中から萌え出たような赤と白が目に入った。彼岸花、別名曼殊沙華だと気付いたが、早くも雄しべ雌しべを四囲にいっぱい突き出している。秋が、土の中から突然湧きだしたのだ。
街を抜けて墨田川の土手を上る。川べりの木立ちにやはり蝉の声は無い。時々耳に届くキキキキというようなか細い声は秋の虫。河畔のベンチに座ろうとして傍の木の枝に虫のようなものが見えたので近付くと、それはセミの抜け殻だった。それも一つの葉っぱに2匹も三匹もしがみ付いている。主はとっくに恋歌を歌い尽き往生したはずなのに、空蝉は今もなお夢を追うのか。
わが友よ、秋立ちぬ。いざ生きめやも(?)。
(2022年9月21日)