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老兵 天空の午餐 [忘れ得ぬ人々]

老兵 天空の午餐


 


 高田馬場の決斗の明くる37日の昼、今度は新宿住友ビルの47階にある東京住友クラブの座敷に座っていた。掘りごたつ式の座卓に集う5人は、昔とある商社で共に働いたことのある老人たち。皆々還暦などとっくに過ぎて、古希を超え、喜寿を超え、傘寿を超えた者もいる。コロナの3年を生き延びた彼らが出会うのは、ほんに久しぶり。なのに、挨拶もそこそこに異口同音、口を衝いて出る言葉はロシア、ウクライナ、プーチン・・・・。それはしかし、仕方もないことだ。いずれも大学ではロシア語を学び、世に出ては一貫してソ連(ロシア)との取引に携わり、何年も何回もモスクワに駐在、同じ釜の飯を食い合った仲だ。その昔、社内ではロシア通として通っていた。だが、その彼らにしても、兄弟国にしか見えなったロシアとウクライナが、まさか血で血を洗うような死闘を始めようとは予想もつかぬことだった。


 ロシア通?・・・・しかし振り返ってみると、僕などは長年ロシアに住んだと言っても、ロシアとロシア人についてどれだけ知っているかとなると、甚だ心許ない。体制の異なる国の間に透明の鉄のカーテンがあったように、僕とロシア人の間にもまた見えないバリアがあった。外人が住むのは、衛兵が見張る外人専用アパート。駐在員事務所が雇うロシア人のローカル・スタッフは例外なくロシア外務省所属の派遣社員。体制が異なる者同士の付き合いは貿易取引上必要な範囲に限定され、たまの接待で酒を酌み交わす時であれ、せいぜい他愛もないアネクドート(一口噺し)で相手の心を擽るぐらいが関の山だった。


 そのうえ僕に限っては、机の上でさえロシアの歴史も何もろくに勉強もして来なかったから仕方もないが、何もかも分らぬことだらけなのだ。プーチンに対するロシア人の従順さもその一つ。選りに選って資本主義が未発達だったロシアで何故社会主義革命が成功し、結果全体主義が70年も続いたかもその一つ。それともこの二つには通底するものでもあるのだろうか?


 それはともかく、地上47階の天空の午餐は談論風発、酒を舐め、肴を食らう間もあればこそ、嗄れ声が飛び交った。だが、やがて、老兵は死なず、消え去るのみと言うように、別れを惜しみつつも、足元が明るいうちに家路に就く我らだった。


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2023310日)


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