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仁義なき戦い(ウクライナ戦争と向き合う) [読後感想文]

仁義なき戦い(ウクライナ戦争と向き合う)

 『ウクライナ戦争と向き合う』—ふとタイトルに惹かれ図書館から借り出したこの本の、著者を見ると井上達夫・東大名誉教授(法哲学者)—一瞬、アカデミック過ぎると怯んだが、読むにつれ、何故か感じたのだ、著者が題名通りこの戦争を真正面から見詰め、問い掛け、返って来た答えを読み手に伝えようとしていることが。僕には稀有な体験だった。

NATO東進帰責論】耳慣れないので何かと思えば、ウクライナ侵攻時のプーチン演説に溢れていたNATOへの恨み節(かってはソ連圏に属した東欧諸国をついには全て取り込んでしまったNATOが悪い)。責任は不用意な東進を進めたNATOにあり、とするプーチンの理屈。この点については僕自身も騙されそうになったが、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻(国際政治学者・鶴岡路人)』を読んで、すべてはNATO・ロシア間の協議に基づく正式な合意結果であったことを知った。本書は更に当時の世界情勢の質的変化に触れ、NATOと対峙していたワルシャワ条約機構そのものが消滅結果、旧東欧諸国が集団安全保障を求めて自らNATO加盟を申請した結果であり、決してNATO側から画策したものではないことをリマインドしている。

【二悪二正論】これまた耳慣れぬ言葉だが、「あいつ(米国・欧州)も悪事を働いたから、俺だってやっていいはず、世の中すべてそんなもんよ」という理屈のようである。二悪二正論は、著者によれば誤った論理であり、我々が無意識のうちに陥りやすい思想の陥穽であるが、プーチンがこの罠に嵌まっているのではないかと憶測している。戦後の国際政治で米国は国際法を蹂躙する軍事介入を行って来た(ベトナム戦争、3回の湾岸戦争、コソボ紛争時のセルビア空爆等。著者は触れてないが、第2次大戦時の日本への原爆投下や都市への大規模な空爆もまた然り)。だが、二悪二正論が罷り通っては世界は収拾がつかなくなるので、あくまでも個別事案につき厳しく是々非々で判断すべきと著者は言う。

 とは言え、世界最大の核保有国にウクライナが勝利するのは容易ならざることであり、戦争の長期化は必然と著者は観る。唯一期待したいのは、ロシア国民が現実に目覚め、プーチン政権にノーを突き付けることだが、残念ながら彼らは徹底した言論統制下にあり、プーチンの支持率は高止まりしたままである。

【テレビと冷蔵庫の戦い】の結果に期待したいと述べたのは、ノーベル文学賞を受賞したベラルーシのノンフイクション女性作家スベトラーナ・アレクシェーヴィッチ(3年前からドイツ在住中。代表作『チェルノブイリの祈り』、『戦争は女の顔をしていない』)。曰く、「今、ロシア国民は完全に人間らしさを失ったような状態です。しかし、これから経済制裁でロシアの生活が次第に悪化していきますから、テレビ放送(注:プロパガンダ)と冷蔵庫の戦いが始まります(後略)」。

【対ロ経済制裁強化はロシア国民に過酷過ぎるか?】と著者は自問し、しかしそれは致し方ないことだと私見を述べる、「ロシアは事実上プーチンの独裁体制下にあるとはいえ、為政者を統制する法的・政治的な手段を国民が全く有しない純粋な専制国家ではなく、民主的に受権された独裁体制である。プーチンを大統領選挙で圧勝させ、長期にわたって政権の座を占めさせ、南オセチア紛争、クリミア併合、そして今般のウクライナ侵攻など、他国に対する責任を共有するという意味で彼の放縦な軍事的干渉を支持しているのは圧倒的多数のロシア国民である。(中略)プーチンがウクライナ国民に対していま加えている軍事的暴力に

対して、ロシア国民は責任を共有するという意味で、彼らは「無辜なる民」でも「無力な民」でもない。(中略)ロシア国民こそがプーチンの犯罪を止めさせる責任と能力を持つのである。」

Blowin’In The Wind(風に吹かれて)】最終の第3章のタイトルは「この戦争から日本は何を学ぶべきか」。著者はどうやらこの戦争にとことん向き合うつもりらしい。最終章の感想は別途お伝えしたいが、ここまでの第2章「戦争はいかにして終わり得るのか」の最後で著者は急に感傷的になり、ボブ・ディランの歌Blowin’In The Wind(風に吹かれて)を紹介している。この歌をロシアの民に捧げたいと言うのだが。

 How many ears must one man have before he can hear people cry?

 How many deaths will it take till he knows that too many people have died?

 How many times can a man turn his head pretending he just doesn’t see?

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202368日)


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